2026.05.28"論理"は才能ではなく習慣である

みなさん、こんにちは。

前回の記事にて、実際の授業で起こった出来事をもとに
「教える」とはどういうことか?について
僕なりの「答え」のようなものを書かせていただきました。
その話にもつながることですが、今回は

「勉強が苦手」とはどういうことなのか?

について考えてみたいと思います。

ただ、詳しい話の前に、再び授業での事例を
紹介したいと思います。
前回同様、高校数学でのお話です。

高1の数学に「集合」という単元があります。
「集合」を考える際に「ベン図」を描くのは基本ですが、
何も教えずに

A ∪ B(AまたはB)

の示す図を描かせると

右の図を描くコが意外なほど多いのです(正解は左)

IMG_2666.jpeg

これは一見、日本語の「または」の意味を
誤解しているようにも思えます。

そこで、そのコたちに次のような質問をしてみます。

学校の先生が次のようにおっしゃった。
「この中で、自分のスマホまたはタブレットを
持っているという人は手を挙げて」
自分は両方を所有している場合、手を挙げる?挙げない?

面白いことに、全員が見事に「挙げる」と答えます。

つまり、日本語の「または」を
誤認しているわけではないということなのです。

では、なぜ間違えるのか?

もちろん、原因はいくつかあるとは思います。

そもそも、数学に出てくる用語(と思われる言葉)を
日常と結びつけるなんて考えもしない人も
多いでしょう。

ただ、いくつか原因があるであろうという前提のもと、
僕なりの結論は

論理的に考えていない。
常に論理的に考えることが習慣付いていない。
そして、そんな自分に気付けていない。

ということです。

数学は、本来、論理的に考えるべき教科です。
にもかかわらず、「なんとなく」
情緒的に答えてしまう。
そういった悪癖が染み付いてしまっている人は
少なくありません。
まずは、そのことを自認させてあげなければ
数学ができるようにはならないでしょう。

そして、そういうことが習慣付いていない状況で、
例題と同じような問題ばかりを繰り返し解く。
これが、さらに事態を悪化させます。

定期テストのように出題範囲が狭い場合には、
この方法で結果が出ることもあるでしょう。
見るからに同じような問題もたくさん出ますから、
むしろ結果は出やすいかもしれません。

しかし、模試や入試ではどうでしょうか?
本当の意味での実力を強化しておかねば、
到底、太刀打ちできないのではないかと思うのです。

そのため、この悪癖が解消し、
「常に論理的に考える」という新たな習慣が
身につくまでは、とにかくそれを最優先して
指導していきます。
極端な話、それさえ身につけば、あとは楽なもの。

子どもにとって、きちんと考えて解けた時の喜びは、
同じパターンのものを数多く解くことで
正解した時のそれとは大きく異なります。


その喜びは、一種の快感です。

その快感を知れば、自発的に学習するようになります。

だって、楽しいことなんだから。


考えていない自分に気付かせること。
そして、考えることの楽しさに気付かせること。

勉強が苦手なコにとって、
これが最も大切だと確信しています。

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